日本法哲学会では、2008年に刊行された法哲学年報より、会員からの投稿による書評「論争する法哲学」を掲載することとしました。

ご参考までに、担当理事で把握している著作リストを掲載いたします。なお、網羅的なものではありません。会員各位でお気づきの著作がございましたら、事務局<secretariat☆houtetsugaku.org>までお知らせ下さい(メイルアドレスの「☆」は適切な記号に置き換えてください)。

・ 中村隆文『不合理性の哲学――利己的なわれわれはなぜ協調できるのか』 (みすず書房、2015年12月)
・ 井上達夫『憲法の涙』(毎日新聞出版、2016年3月)
・ 篠原敏雄『市民法学の輪郭』(勁草書房、2016年3月)
・ 小幡清剛『障害者の〈生〉――法・福祉・差別の人間存 在学』(萌書房、2016年3月)
・ 佐々木允臣『人権への視座―フランスにおける「人権と 政治」論争と日本の行方』(文理閣、2016年5月)
・ 小泉良幸『個人として尊重――「われら国民」のゆくえ』 (勁草書房、2016年5月)
・ 成原慧『表現の自由とアーキテクチャ ――情報社会における自由と規制の再構成』(勁草書房、2016年6月)
・ 大塚滋『イェーリングの「転向」』(成文堂、2016年8月)
・ 横濱竜也『遵法責務論』(弘文堂、2016年8月)
・ 竹下賢『法秩序の効力根拠』(成文堂、2016年10月)
・ 初宿正典『カール・シュミットと五人のユダヤ人法学者』(成文堂、2016年10月)
・ 南利明『ナチズムは夢か――ヨーロッパ近代の物語り』(勁草書房、2016年10月)
・ 亀本洋『ドゥオーキン「資源の平等」を真剣に読む』(成文堂、2016年11月)
・ 松岡伸樹『審級大意』(六甲出版販売、2016年11月)
・ 桂木隆夫『公共哲学とは何だろう〔増補版〕――民主主義と市場の新しい見方』(勁草書房、2016年12月)
・ 松尾陽(編)『アーキテクチャと法――法学のアーキテクチャルな展開?』(弘文堂、2017年2月)
・ 井上達夫『自由の秩序――リベラリズムの法哲学講義』 (岩波現代文庫、2017年3月)
・ 福原明雄『リバタリアニズムを問い直す――右派/左派対立の先へ』(ナカニシヤ出版、2017年4月)
・ 徳永賢治『南島法と多元的法体制』(成文堂、2017年3月)
・ 三代川邦夫『被害者の危険の引受けと個人の自律』(立教大学出版会、2017年3月)
・ 大屋雄裕・安藤馨『法哲学と法哲学の対話』(有斐閣、2017年4月)
・ 井上彰『正義・平等・責任――平等主義的正義論の新たなる展開』(岩波書店、2017年6月)
・ 堅田剛『法の哲学――ヘーゲルとその時代』(御茶の水書房、2017年6月)
・ 西村清貴『近代ドイツの法と国制』(成文堂、2017年8月)
・ 瀧川裕英『国家の哲学――政治的責務から地球共和国へ』(東京大学出版会、2017年8月)
・ 若松良樹(編)『功利主義の逆襲』(ナカニシヤ出版、2017年8月)
・ 小幡清剛『丸山眞男と清水幾太郎――自然・作為・逆説の政治哲学』(萌書房、2017年8月)

* 他誌で書評予定のもの
・ 小林公『ウイリアム・オッカム研究――政治思想と神学思想』(勁草書房、2015年10月)
・ 高橋広次『アリストテレスの法思想――その根底に在るもの』(成文堂、2016年2月)
・ 若松良樹『自由放任主義の乗り越え方――自由と合理性を問い直す』(勁草書房、2016年11月)

以下では、書評の対象作品ごとに、書評・著者による応答・再応答を整理しました。

田中成明 『現代裁判を考える:民事裁判のヴィジョンを索めて』(有斐閣、2014)
高橋文彦「法哲学と「共通の了解事項」:田中成明『現代裁判を考える』」(法哲学年報2015掲載)
大塚滋『説き語り 法実証主義』(成文堂2014)
高橋広次「改めて「法学」とはどういう学問か?:大塚滋『説き語り 法実証主義』」(法哲学年報2015掲載)
大塚滋 「純粋法学の理解に向けて:高橋広次会員への応答」(法哲学年報2015掲載)
桂木隆夫 『慈悲と正直の公共哲学:日本における自生的秩序の形成』(慶應義塾大学出版会、2014)
濱真一郎「日本の自生的秩序の起源と現代への接合:桂木隆夫『慈悲と正直の公共哲学:日本における自生的秩序の形成』」(法哲学年報2015掲載)
桂木隆夫「濱真一郎会員への応答」(法哲学年報2015掲載)
毛利康俊 『社会の音響学:ルーマン派システム理論から法現象を見る』(勁草書房2014)
青山治城「社会の法:毛利康俊『社会の音響学:ルーマン派システム理論から法現象を見る』を読む」(法哲学年報2015掲載)
毛利康俊「N・ルーマンのシステム論を法理論のために拡張するということ:青山治城会員への応答」(法哲学年報2015掲載)
大屋雄裕 『自由か、さもなくば幸福か?:21世紀の〈あり得べき社会〉を問う』(筑摩書房2014)
松尾陽 「自由な社会を再生するための負担への覚悟:大屋雄裕『自由か、さもなくば幸福か?:21世紀の〈あり得べき社会〉を問う』」(法哲学年報2015掲載)
大屋雄裕「松尾陽会員への応答」(法哲学年報2015掲載)
戒能通弘 『近代英米法思想の展開:ホッブズ=クック論争からリアリズム法学まで』(ミネルヴァ書房2013)
山岡龍一「王政の法と共和政の法」(法哲学年報2014掲載)
戒能通弘「近代英米「法」思想史研究の意義:山岡龍一会員への応答」(法哲学年報2015掲載)
岡嵜修  『レッセ・フェールとプラグマティズム法学:19世紀アメリカにおける法と社会』(成文堂、2013)
戒能通弘「近代アメリカ法思想の時代背景」(法哲学年報2014掲載)
岡嵜修 「戒能通弘会員へのお応え」(法哲学年報2015掲載)
木原淳  『境界と自由:カント理性法論における主権の成立と政治的なるもの』(成文堂、2012)
酒匂一郎「斬新なカント、法哲学か政治哲学か」(法哲学年報2013掲載)
木原淳 「酒匂一郎会員への応答」(法哲学年報2014掲載)
井上達夫 『世界正義論』(筑摩書房2012)
施光恒 「正義理念の力」(法哲学年報2013掲載)
井上達夫「世界正義とナショナリズム:施光恒会員への応答」(法哲学年報2014掲載)
森村進  『リバタリアンはこう考える』(信山社2013)
吉良貴之「リバタリアニズムにおける時間と人格」(法哲学年報2013掲載)
森村進 「還元主義的人格観とリバタリアニズム:吉良貴之会員への応答」(法哲学年報2014掲載)
伊藤泰  『ゲーム理論と法哲学』(成文堂2012)
若松良樹「最良のガイドブック」(法哲学年報2012掲載)
伊藤泰 「若松良樹会員への応答」(法哲学年報2013掲載)
田中成明 『現代法理学』(有斐閣2011)
大屋雄裕「一つの記念碑」(法哲学年報2012掲載)
亀本洋  『法哲学』(成文堂2011)
毛利康俊「法哲学のセブンスコード」(法哲学年報2011掲載)
亀本洋 「放置主義―毛利康俊会員への応答」(法哲学年報2012掲載)
嶋津格  『問いとしての〈正しさ〉―法哲学の挑戦』(NTT出版2011)
高橋文彦「わからないことほど素朴に考えよう」(法哲学年報2011掲載)
嶋津格 「高橋文彦評へのリプライの試み」(法哲学年報2012掲載)
小林公  『法哲学』(木鐸社2009)
樺島博志「法・論理・計算」(法哲学年報2010掲載)
小林公 「人権と黄金律―樺島教授の批判に答えて」(法哲学年報2011掲載)
笹倉秀夫 『法思想史講義 上下』(東京大学出版会2007)
嶋津格 「発展史観と法思想史」(法哲学年報2009掲載)
笹倉秀夫「嶋津格会員の書評への応答」(法哲学年報2010掲載)
嶋津格 「笹倉応答へのコメント(replication)」( 千葉大学レポジトリ(1)
安藤馨  『統治と功利:功利主義リベラリズムの擁護』(勁草書房2007)
森村進 「功利主義政治理論の新しい出発点」(法哲学年報2009掲載)
安藤馨 「評者への応答」(法哲学年報2009掲載)
山田八千子『自由の法契約理論』(弘文堂2008)
鳥澤円 「「合理的信頼」を育む法」(法哲学年報2008掲載)
青井秀夫 『法理学概説』(有斐閣2007)
酒匂一郎(法哲学年報2007掲載)
中村直美 『パターナリズムの研究』(成文堂2007)
若松良樹(法哲学年報2007掲載)

(1) 嶋津格(編)千葉大学大学院人文社会科学研究科研究プロジェクト報告書第242集『自由と拘束:社会と法の哲学のために』掲載(出典情報)。

3年前の理事長就任以来私はいくつかの場面で、法哲学内での「相互言及」を推奨する発言をしてきた。ただこれは若干かけ声倒れの感があり、具体策はあまり進んでいなかった。この度それを少しでも形にする方策として、ある理事からの提案に従い理事会で、法哲学年報の中に「論争する法哲学」というコーナーを設けることが決定された。これはある種の書評欄なのだが、それを論争の場として使おう、というアイデアである。私には大変うれしいことなので、若干個人的な思い入れを含めて説明させていただきたい。 (……) 「論争」はもちろん相互批判を中心とする。しかしこれは上記の「足の引っ張り合い」ではない。むしろ、批判される者とする者を、そして読者を、ともに一段高い普遍性のレベルへと導くものでなければならない。その場合の「普遍性のレベル」自体が、元々あるものではなく、知的活動を通して生成するものなのだと思う。そしてこれをうまく生成させてゆくには「高次の打算」も必要だ、というのがこの小文の趣旨である。(……)しかしもっとも重要なのは、言語的に表現されるこの種のリストを長くしてゆくことではなく、実際のパフォーマンスの中で洗練された論争のknow-howを身につけることである。それにはある種の繊細さが要求されており、われわれはこのような機会を通して、それを磨いてゆかねばならないのである。/「論争する法哲学」への投稿その他詳細については、本号の公募情報および日本法哲学会のホームページをご覧
いただければ幸いである。紙面での論争だけでは議論が不足したら、続きをインターネット上で継続する、といった方式もありうる。会員諸兄のアイデアをお寄せいただくとともに、積極的な参加・投稿を期待する次第である。

日本法哲学会理事長・嶋津格(当時)
「論争する法哲学:高次の打算のすすめ」(学会報18号、2008年9月)